久松農園オフィシャルサイト | Bossヒサマツの日記
久松農園(HISAMATSU FARM)筑波山と霞ヶ浦に挟まれた、茨城県南部の土浦市(旧新治村)で、1999年より有機農業を営んでいます。寒すぎず、暑すぎないこの地では、四季を通じて野菜を露地(屋外)で栽培することが出来ます。私たちは、季節の中で育まれる、年間50種類以上の野菜を、お客様に直接お届けしています。代表:久松達央
久松農園,久松達央,HISAMATSU FARM,茨城県,土浦市,有機,有機農業,露地野菜,野菜,無農薬,野菜セット,野菜定期便,畑からの風だより,宅配,生パスタ,米粉,にんじんジュース,かきもち,トマト缶,オンラインショップ,Fushimi,Yuki,伏見友季
106
archive,paged,tag,tag-boss,tag-106,paged-8,tag-paged-8,ajax_fade,page_not_loaded,smooth_scroll,,wpb-js-composer js-comp-ver-5.0.1,vc_responsive

Bossヒサマツの日記 Tag

『小さくて強い農業をつくる』の韓国語版が出ました。

23 1月 in Blog, News

『小さくて強い農業をつくる』の韓国語版が出ました。 図表なども全部翻訳してあって、丁寧につくられているのが分かります。 引用が多い本なんだけど、どうしたんだろう(笑)。 しなやかに、したたかに、たくましくなければ小規模農業が生き残れないのはどの国も同じです。機会があれば韓国の農家にも会いに行きたいです。 ...

曲げたわめられる弓

26 8月 in Blog

茨城県の旧里美村で農業を営む友人、布施夫妻の木の里農園が満を持してスタッフを雇用します。記事はこちらより。友人として、同志として、その挑戦に注目していきたいと思っています。 5年ほど前、県内の新規就農者の集まりで、ウチでスタッフを常時雇用する話をしていた時、布施さんが、「ここにいる人はみんないずれ雇用をしていくと思うんだよ」と言ったのに対して、しらっとした空気が流れたのを覚えています。ほとんどのメンバーはそうは思っていなかったのでしょう。僕は、自分に人を育てる力がないことを日々思い知らされていますが、布施さんは違います。きっといい農業者が巣立っていくことでしょう。...

大切な人から祝福されたいなら、挑戦などやめておけ

29 7月 in Blog

「新しく農業をやってみたいんだけど、家族に反対されて」 という相談を受けることがある。そういう人には絶対に自営は勧めない。 「反対」する家族や友人たちは、あなたのことを本当に大切に想っているのだろう。あなたの挑戦よりも、今のあなたを、だ。...

田舎にでも帰って。。。

19 7月 in Blog

東京に行く機会が増えてつくづく感じるのは、自分は都会に住むのは難しいな、ということだ。若い頃には憧れたこともあったが、都会というのは「そこで何かをしなければならない人」の便宜が優先される場であって、暮らしやすいところではない。ポジティブに言えば、何かをするため、に都会へ出て行く人々の思いで支えられているのが都市の活気なのだろう。高度成長期を支えたのは、年間60万人以上もの地方から大都市への人口移動である。...

仮面を外せ、不確定な己を語れ

06 7月 in Blog

人は多くの場合、仮面をかぶって生きています。職場では仕事用の仮面、家では家族用の仮面。いい上司であろう、いい父親であろうという思いから、最初は仮面を自由に付けたり外したりしているつもりが、気づくと仮面が顔に張り付いて取れなくなっている。どこまでが仮面だかすら分からなくなってしまう。そんなこともあります。...

帝人テクノーラ事業OB会

25 5月 in Blog

僕は94年から98年半ばまで4年半だけサラリーマンをしている。帝人で工業用の高機能アラミド繊維「テクノーラ」の営業をやっていた。この事業が今年で30周年を迎えると言うことでOB会が開催され、20年も前に会社を離れた僕にもお声がかかったので、大阪まで行ってきた。...

かくかくしかじか

23 4月 in Blog

  東村アキコの自伝漫画「かくかくしかじか」とても面白かったです。というか泣けました。 宮崎の田舎に生まれた要領のいい少女が、スパルタ先生にしごかれて絵の腕を磨かれていく様が正直に描かれています。若い頃の思い出と、それを現在の著者が評価するさまに他人事とは思えない親近感を覚えます。 僕の『小さくて強い農業をつくる』はまさにそんな本です。思い出したくもない若い頃のドヨーンとした自分を記憶の彼方からわざわざ引っ張りだし、ちゃんと追体験し、それに今の自分がダメ出しをする、ということを延々やりました。読んでくれた人なら分かると思いますが、それはそれはしんどい作業で、一夏やったらちょっとおかしくなりました(笑)。どうもあの辺りで自律神経が狂ってしまったようで、未だに落ち着いた自分を取り戻していないような気もします。 でも、そこをちゃんと総括しなければ、後進の育成などできるはずもありません。あと数年経ったらもう思い出せないから、昨年やるしかなかった。 興味のある方はぜひ1巻を手に取ってみてください。  ...

子ども時代のこと

07 4月 in Blog

上の娘が3年生になった。小学校に上がった時は、小さい体に重いランドセルを背負って歩いて行く姿が痛々しいようだったが、ずいぶん頼もしくなった。 僕は、今の娘と同じ3年生(1978年)の2学期から6年生まで、親の仕事の関係でベルギーに住んでいた。当時ブリュッセルには全日制の日本人学校がなく、土曜日に、算数と国語だけを教える補習校というものがあるだけだった。多くの駐在員の子供たちがインターナショナルスクールやブリティッシュスクールに通う中、両親は僕を現地の公立小学校に入れた。カタコトも話せないまま、フランス語の学校に通うことになったのだ。...