当たり前力(あたりまえりょく)
「多くの人が食っていけない農業で食って行くにはどうしたらいいか?」
そう聞かれることがあります。
やるべきことを淡々とやり切る
それが今の僕の答えです。
ただし、堂々とこう答えられるようになったのは農業を始めて17年も経った今年になってからです。
やるべきことが何かも、己が何者かも分からないうちは、目の前の藪をかき分けて進める方向に進むしかありません。今日を生き延びなければ、明日はないのですから。
焦り、もがく中では、人は奇をてらいたくなります。特定の手法(農法)に固執したり、既存の方法論を否定してみたり。”Smoke gets in your eyes”という歌のように、煙が目に入ってものが素直に見られなくなってしまいます。
一定の基礎が身につき、冷静に考えれば、答えは畑で格闘しながら探せるものだし、知らないことはどこかの誰かが必ず持っています。「現場と手本」から淡々と学び、やるべきことをこなせればいいのです。こなす体制をつくれるかどうかは、経営の問題で、それはまた次の段階です。
当たり前のことを当たり前にやる力、いわば「当たり前力」とでも言うべきものが、成否を分かつのだと思います。
僕はそれを、一緒に仕事をしてくれる仲間から学びました。藪をかき分けることに目と手を奪われ、ひねくれている自分に、「やるべきことを淡々とやりましょう」と言ってくれる存在が、目の前の煙を取り払ってくれます。
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