TPP交渉合意にあたって
TPP交渉合意にあたって、僕の考えは下記の通りです。久松農園代表 久松達央
「小さく強い農業」こそ必要
私は15年前、脱サラして茨城県土浦市で有機農業を始めた新規就農者だ。現在、6人の従業員と共に、年間50種類以上の野菜を有機栽培し、個人消費者や飲食店に販売している。そうした日々の中、仲間の農業者との間で食糧自給率が話題に上ることはほとんどない。顧客が久松農園の野菜を買ってくれるのは、味、鮮度、生産者直の安心感、などであり、「国産だから」ではないと考えている。顧客との強い関係性を背景に、自分達の納得のいくものづくりをする。それが私たちの「小さくて強い農業」だ。
安全保障のために食糧自給を高めようというのが農水省の言い分だ。しかし、今の日本の農業は石油依存度が非常に高い。機械や栽培施設の燃料、ビニールハウスの被覆資材、化学肥料や農薬、果ては作業着から筆記具に至るまで、すべて化石燃料由来である。どれだけ農業「生産」を国内で行おうとも、石油が入ってこなくなれば、納品書一枚書けない。複雑に絡む経済の中で、農業生産だけを取り出して論じる事は無意味で、「自給率の向上=食糧安全保障」というロジック自体が破綻している。 各国と良好な関係を築き、エネルギーや食糧の安定的な供給源を確保する一方、国内で生産できるものはしっかり生産する。全体のポートフォリオ(構成)を最適化することこそが、現実的な食糧安全保障だ。
百歩譲って、自給率の向上をよしとしても、政府の掲げる2020年にカロリーベース50%という数字の達成は現実的ではない。人口減・高齢化を背景に、カロリーの高い米は足りないどころか、今年も余りまくっている。あとは畜産物の飼料自給率を上げるくらいしか方法がないが、推移を見ても大幅に改善する見込みはない。実現する見込みも意義もない事に、多大な税金と優秀な人材が投入されている。実にもったいないことだ。
低成長経済の下、市場は成熟化し、ニーズは多様化している。企業は大量生産から、強みに特化した市場細分化戦略へと転換している。農産物市場においても、同じような農産物を大量につくり、ただ都会に流すという仕組みはもはや必要とされていない。 TPPに代表される貿易の自由化、植物工場などの技術革新、農業生産の大規模化の推進により、競争はさらに激しさを増す。個々の農業経営体が、それぞれの得意な分野で顧客のニーズを満たす努力をする。クリエイティブで利益も上げられる農業には、優秀で意欲のある若者が自ずと集まる。そうして、人が育ち、経営体が育つことが、産業全体を豊かで足腰の強いものにしていく。それがあるべき健全な日本の農業の姿だ。 個々の農業者の自由な経営のために政府があるのであって、政府のために農業者がいるのではない。農水省は、多額の予算を使って破れた旗を振り続けるのではなく、農業者各々が小さくともピカピカの旗を高く揚げられるような健全な競争環境を整えることに注力すべきではないか。 そのためには、農地法をはじめとする規制をなくし、補助金を廃止していくことで既存の経営体の規模拡大や事業展開、新規参入を促すことが必要だ。農業経営をする気のない既存の「農家」を無意味に保護することを続ければ、優秀な人材は農業をあきらめるか、海外に流出していくだろう。
毎日新聞2014.10.03 論争欄 掲載記事内容
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