久松農園オフィシャルサイト | 四国研修へ行って来ました
久松農園(HISAMATSU FARM)筑波山と霞ヶ浦に挟まれた、茨城県南部の土浦市(旧新治村)で、1999年より有機農業を営んでいます。寒すぎず、暑すぎないこの地では、四季を通じて野菜を露地(屋外)で栽培することが出来ます。私たちは、季節の中で育まれる、年間50種類以上の野菜を、お客様に直接お届けしています。代表:久松達央
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四国研修へ行って来ました

四国研修へ行って来ました

20:55 09 10月 in Blog
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マナブです。
去る8月25日から27日にかけて、香川→高知→愛媛の順路で研修へ出かけて来ました。

今回はBOSSと優秀な収穫のアルバイトスタッフ、出荷のパートさんに現場をお任せし、社員4名、研修生2名の総勢6名での研修となりました。

Day1

香川空港から県内のまんのう町でブロッコリーを中心に栽培されている豊嶋さんにアテンドしていただき、まずはうどん× 2店舗巡りから。

「冷やでつるっといくのがいいよね」とのコメントに習ってつるっと2杯平らげて研修がスタートしました。

本命の豊嶋さんの畑へ。

豊嶋さんが耕作されている農地は区画が久松農園の周辺と比べて平均的に小さく、土の質も関東の黒くふかふかの土とは正反対の、白く、硬くゴロゴロした土でした。

豊嶋さんの畑で驚かされたのは、久松農園と同じ品種のオクラの姿の違いでした。

農園の太くがっしりした茎と葉っぱのオクラと比べ、細く、極限まで葉っぱの切れ込みが細くなったようなオクラ。

気候風土、種を蒔いた時期、肥料のやり方、販売方法などが違えば同じ種でもここまで変わってくるのかと..

また、少しの降雨で表層がクラストになってしまうような関東より畑にするには向いていないと思われるような土質でも、「タイミングを見計らって専用の機械で苗を定植すれば、それが抑草になったりする」とお話されていたのが印象的でした。

「大きな産地がない時に出せる野菜がある、自分が作っている野菜は地元の人にも食べて欲しいから直売所にも出す」

豊嶋さんと豊嶋さんのお父さんお母さんで回している規模で、大小の出荷先に対応して行くには同じ作目の生産者と繋がり、大産地に野菜が無い時にしっかりと出荷できる体制を取れるようにしておかないと。とお話される豊嶋さんに、周りを巻き込んで行く力強さを感じました。

豊嶋さんは天敵昆虫の利用、特にカメムシの造詣が深い方です。詳しくは豊嶋さんブログ「まんのうをたがやす百姓のBlog」をぜひチェックしてみてください。

Day2

前日中に高知へ移動し、朝一から宇佐市へ移動。高知をアテンドしてくださる四万十町でパプリカを中心に経営されている畑さんと合流し、まずは宇佐でハウスピーマンを中心に経営されている山本農園へ。

ハウスに到着して山本さんと畑さんが遭遇すると、ハウスの環境制御のこと、ベットの上に並べられた苗のことなど物凄いスピードで話が弾み出します。

作業者が大変で効果の持続性がない農薬から天敵昆虫に利用へシフトしていったこと。

栽培に関連する要因 温度、湿度、土壌水分、などの環境を制御し、突き詰めて行くことで生育ステージに合わせた最適に近づけて行くと、ピーマンの肥料の要求量の上限が上がり収量が増えた。

首都圏から遠い高知県のピーマン栽培は、首都圏に近い関東圏の産地(特に茨城県)が品薄な時期合わせて、いかに栽培をコントロールして出荷量のピークを合わせられるか..

などなど、野菜にとって最適な生育環境を生み出すに至ったのは、栽培に対する真摯なアプローチを続けて来た結果であること。

また、販売と流通に関しては豊嶋さんがお話ししてくださったことと同じで、市場から遠い産地が市場から近い産地を研究し、「市場に野菜がない時にしっかり出荷できるように」と培って来た栽培技術の向上、熱意の一片を見せていただくことができました。

午後からは畑さんがパプリカを栽培するハウスへ移動

畑さんのハウスは山本農園の鉄骨ハウスよりより軽量のパイプハウスで、栽培に山本農園と近いが、同じ仕組みをいかに安価に、作業者2名でやりくりするか アイデアがたくさん詰まった場所でした。

夜はご飯を食べながら、畑さんの今年の栽培で感じた反省を記したメモを資料に、施設栽培で一般的にりりつある環境制御を含めた栽培技術、知識をいかに露地有機栽培に取り入れて行くかについての講義。

畑さんに高知をアテンドを通して伝えていただいた「有機多品目の久松農園では取り入れられない技術もあるだろうけど、同じ品目を単作で追求し深堀している人たちの最先端の技術を頭の中に入れて、取捨選択することが大切」

とのメッセージが強く胸に残っています。

Day3

最終日は四万十から北上して愛媛県へ

漁港とそり立つ山肌に形成される柑橘の棚に挟まれた明浜町に目的の株式会社地域法人無茶々園があります

戦前は棚の畑で麦やサツマイモを中心に栽培し、漁もするスタイルだったが、戦後 急斜面に作られた棚と降水の少ない天候を活かす作物として柑橘の木を導入。

関東向けの販売を模索し有機栽培で柑橘を生産し、共選共販するグループを若手生産者で作り無茶々園が誕生したとのこと。

地域に密着したスタイルを貫き、外部からを受け入れ、それに関わる仕事に携わってもらう流れが20年前から無茶々園にはあり、この流れを続けて来た結果、現在無茶々園の販売・生産を取り仕切るコアメンバーが全員外部からの移住である。この事が無茶々園の歴史の奥深さを物語っているなと感じました。

「棚もちが良く、加工に向く柑橘系作物は地方から首都圏に向けて販売して行くのに強力なアイテムであること」

「有機栽培であることが無茶々園のアドバンテージであったが、そもそも柑橘作物の生産が高齢化で全国的に減少している状況。これから一つのアイテムとして安定供給できる減農薬栽培を増やして行く流れが栽培コストの面から見ても自然な流れであること」

柑橘のそり立つ棚の頂上で、町と海を眺めながら無茶々園の特色、今後の展望をコアメンバーの方々に伺っていると、自分の働く農園の未来にあれこれ思いを馳せずにはいられない、ムズムズした気持ちになりました。

今回の研修旅行を通して、栽培技術、人材の育成、農産物の販売方法など業界をリードする方々の生の声を間近で聴くことができました。

アテンドしてくださった方々は有益な情報交換をし、お互いを高め合う間柄の方々で、今回はBOSSのつながりでその連帯の中にショートステイさせていただいた感覚でした。

研修を通して教えていただいた事、投げていただいた課題にどう応えて行くか、まずは個人として反芻し続け、チームとしてどう取り組んで行くのかを考えなければ..日々に流されないように。

※写真は豊嶋さんとオクラ

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